私が考えたキャラクターを元に、水那月九詩様がSSを書いて下さいました!
少女ニーニャと滑稽な騎士フラパハ+αの冒険ファンタジーです。

ニーニャ

ちょっぴり強気な
女の子。
フラパハ

謎。
変な騎士。
???






 町一番の大きな屋敷は、停電に見舞われたかのように灯りが失せていた。広い敷地にも関わらず人気はなく、静まり返った夜だけがひっそりと見守っている。
 少女――ニーニャは、長い廊下をひとり走っていた。ワンピースの裾が足に絡まるのも気にせず、脇目も振らずに走り、ひたすらに外を目指す。腕にはウサギのぬいぐるみを抱えていた。

『いいかい、ニーニャ。パパの言うことをよく聞くんだよ。今からこのウサギのぬいぐるみを持って、ママがいる病院へ行くんだ。ウィリアム先生は知っているね? 先生にこのウサギを届けて欲しいんだ。パパは一緒に行けないけれど、ニーニャはいい子だから一人でも出来るよね?』

 先程のやりとりが脳裏に浮かぶ。優しく微笑んで、大好きなパパはウサギのぬいぐるみを預けてニーニャを外へ出すと扉を固く閉ざした。まるでこれから誰かがやって来るのだと知っていて、その人に会わせないようにと追い出したみたいに。
 どうしていいかわからなかったが、とにかくパパの言う通り、ニーニャはウサギを抱えて走り出した。勿論パパの言いつけ通り、ママのいる病院まで届けるためだ。
 背後に不穏な気配を感じたのは、それから間もなくだった。
 歩き慣れたはずの廊下は、焦る気持ちのせいで永遠に続くように思えた。必死に走ってもすぐに追い付かれる気がして不安になる。
 しかしそれは気のせいに留まらず、確実に足音は聞こえていた。遠くから廊下を伝ってくる音なのか、すぐ傍まで近づいているのかまではわからない。
 不意に足がもつれ、ニーニャは転んだ。拍子に抱えていたウサギを放り投げてしまう。その際悲鳴のような声が小さく聞こえたのだが、焦るニーニャは全く気付いていない。
 ようやっとで起き上がってウサギを拾い上げ、もう一度しっかりと抱きしめ、ニーニャは近くにあった扉を開いて中へと逃げ込んだ。一時の安堵を得ると、壁にもたれて深く息を吐いた。

 パパは、表向きは玩具作りの職人だった。さっき追い出されたのは人形工房で、小さなマスコットやぬいぐるみ、果ては人体並みの人形まで様々な作品が飾られていた。このウサギもパパの作品の一つだ。
 パパが作る人形は、まるで魂が宿っているかのように不思議な魅力を発し、人気を集めていた。玩具職人界の【魔法使い】なんて言われていた。
 でも。明確には言ったことがなかったが、パパにはもう一つの顔があったことをニーニャは知っている。玩具職人は仮の姿、パパは本物の【魔法使い】だったのだ。パパの作る玩具には魂が“宿っているよう”ではなく、本当に様々なものが“宿っていた”。
 だから、その力を利用しようとして、悪い人間達が時々パパの元に来ていた事も知っている。何度か見たけたことがある黒服の人たちだ。彼らが来ている時、ニーニャは部屋に近づかないように言われていたし、色のついた眼鏡をかけていて顔はよく見えなかったが、何か嫌な気持ちがしていた。その人たちが“玩具職人”ではなく“魔法使い”のパパに会いに来ているのだとわかっていた。
 そして、今追いかけて来ているのが彼らだということも。

 もう一度息を吐いて、さて行かなくてはと顔を上げると。
 暗がりの中で、更なる闇が少女を覆った。ニーニャはゆっくりとそれを見上げ……瞳を見開いた。
 目の前に奇妙な存在が立っていた。人間なのか、人形なのか。奇抜な柄のマントを着たそれは、身体中に黒の革帯が巻かれていた。ぬうっと背は高く、肩幅があるものの、胴体が異様に細く長い。折れそうに不安定な腰にはベルトが巻かれ、剣を提げている。ゆらりと揺れた頭には、不恰好にも見える立派な兜をかぶっていた。
 その奇妙な巨人がぬっと手を伸ばして来たので、ニーニャは青ざめて後退りした。すると、巨人は不思議そうに首を傾げる。重そうな兜のせいで、首がもげてしまいそうに見えた。それがまた恐怖心をあおり、ニーニャは立ちすくんでいたが……
「こいつは敵じゃないぞ。名前はフラパハ、お嬢ちゃんのパパが用意したナイトだ」
 他に誰もいないはずの部屋で、男声が響いた。ニーニャが血相を変えて周囲を見回すと、何やら舌打にも似た音が聞こえた。
「どこ見てるんだよ。僕はここにいるだろ」
 どう考えても、声は胸元から聞こえて来る。恐る恐る見下ろすと、抱えたウサギが首をもたげてこちらを見上げていた。
「ハジメマシテ、お嬢ちゃん。さっきはよくも投げてくれたね」
「きゃあっ!」
 ニーニャは驚き、再びウサギを放り投げた。ウサギは無残にも床に転がり、ぎゃっと悲鳴を上げていたが気にならない。腰を抜かして床に座り込み、頭上の巨人と床に転がったウサギを交互に見て、口を開けて青ざめていた。
 ニーニャが怯えていると悟ったのか、謎の巨人はその場にひざまずき、まるで本物の騎士のように軽く頭を垂れていた。そのぎこちない動きがまた微妙に奇妙である。
「いたたた……このガキ、また投げやがった!」
 一方床に突っ伏していたウサギは、のっそりと起き上がって乱暴な口調で文句を言い放ち、自ら身体を叩いて埃を払っていた。というか、中身は綿なのだから痛いはずもないのだが。
 次いでウサギはニーニャの元へと歩み寄り、腰に手を添えて仁王立ちした。怒っているらしいが、所詮はぬいぐるみであるため表情の変化はない。
「僕が誰だかわかっていないようだね? 僕は唯一、君のママを救ってやれる存在だって言うのに。そんな態度を取るんなら、もう助けてやらないからね」
 ウサギはぷいっと顔を背けて不貞腐れた。
 ウサギが、ぬいぐるみが、自分で立って喋っている。かなり怪しいものの、これがパパの作品だと思えばそれも不思議ではない。何より、ウサギの言葉にニーニャが明らかな興味を抱いたのは事実だった。
「……あなた、誰? ママを救えるってどういうこと?」
 ママは長い間病気を患っており、遠い地の病院で治療をしている。パパの伝言、このウサギを届けて欲しいと願っていたウィリアム先生とは、ママの主治医である。
 すると、ウサギは長い耳を揺らしつつ、興味深げにニーニャを眺めた。
「ふーん、さすがに血を引いているだけあって、“僕たち”の声はきちんと伝わるみたいだね」
 ウサギの言葉の意味がわからず、ニーニャは首を傾げていた。
 パパの作品には様々なものが宿っている。このウサギにも何者かが宿っているらしいのは、こうして喋って勝手に動いている事から判断できる。少々、高慢な性格のようだが。
「僕の名前はアンドレア=セルゲニウス=ドルトゥジーニ四世。かつて栄えていた古代帝国で【再生術】と呼ばれる魔法を操る事を許された、高名な魔法使いさ。アンディと呼びな」
 【再生術】とは、あらゆる病気や怪我を治癒し、更には死んだものさえも甦らせることが出来るという高位魔法。扱うことが出来るのは、許されたたった一人の者だけであったそうだ。パパはママの病気の治療のために“彼”をウサギの中に呼び寄せたのだという。
「君のパパは素晴らしい【召喚士】だね。何たって、この僕を呼んだんだからさ」
 ウサギは腕組みをしてふんぞり返っていた。随分と自意識も過剰なようだが、それは恐らく、高位魔法を扱うことを許された者にのみ与えられる名を持つからであろう。
 ニーニャはようやくパパの意図を知ることが出来た。ウサギをママの元へ連れて行けば病気が治るのだ。それはとても嬉しい事だけれど、パパはその【召喚士】としての力のせいで悪い人に狙われていたのだとも知った。そして今も身の危険にさらされているのだ。そう考えると、このままママの所へ行くことも出来ない。
「パパの事なら心配要らないと思うよ。あの工房には、本当に色んな奴が“宿っていた”からね。それよりも……追手が近づいてるみたいだし、さっさと屋敷から出たほうがいいと思うけど」
 どうしようかと戸惑うニーニャをよそに、ウサギは急かすような態度を取る。
「言っておくけど、こうしてウサギになっている以上、僕は何もできないからね。捕まったら燃やされちゃうかも知れない。あーそんな事になったら熱いなあ、苦しいなあ、ひどいなあ」
 などと言う始末である。
 とにかく今はこのウサギの言う通り、ママの所へ行ったほうがいいのだろう。恐る恐る視線を向けると、空気を感じ取ったのか謎の巨人が身動ぎした。ぬうっと手を伸ばし、ニーニャに触れようとする。それでもやはり怖くて、ニーニャは身を縮こまらせたが……
「ああ、もうじれったいな! さっさと行くぞ!」
「きゃっ」
 ウサギが勢い良く飛びついてきて、ニーニャは謎の巨人の方へと思い切りよろめいた。巨人は転ばないようにとしっかり支えてくれた。
「あ、ありがとう……ええと……」
「フラパハ」
「ありがとう、フラパハ」
 ニーニャのお礼は通じたらしく、フラパハは「うう」と唸って嬉しそうにしていた。とはいえ、顔は見えないので雰囲気だけだが。
「さてデカブツ。お前の“お姫さま”がお困りだ。さっさとここから出るぞ」
 なぜかウサギが偉そうに命じると、フラパハは了解してゆったりと頷き、ウサギと共にニーニャを軽々抱えた。ふわりと宙に浮いた感覚に最初は戸惑ったが、見た目のアンバランスさに反してフラパハはしっかりと支えてくれ、落ちるようなことはなかった。
 フラパハはのっそりとした足取りで窓辺まで近づき、一応外の様子をうかがっていた。
「あいつらはまだ中を探してるみたいだね。ここからこっそり外に出てしまおう」
 うしし、という素振りでウサギが笑うと、了解したのかフラパハはのんびりと頷いた。丁寧に鍵を外し、窓を開け、枠をまたいでさっさと脱出成功。ちょうどその時、部屋の外で叫び声が聞こえた。恐らくやつらが近づいているのだ。
 ニーニャとウサギを抱えたまま、フラパハは大股で歩を進め、建物の陰から陰へと移り、見事敷地の外にまで連れ出してくれた。あんなに焦って走っていたのが嘘のようなあっさりぶりに、ニーニャは唖然としていた。
「いたぞ!」
 遠くで黒服が叫んでいるのが見えた。ウサギは「うしし」と意地悪げな雰囲気で笑い、フラパハは走っているのか歩いているのか分からない速度で動いている。

 ママの所まではまだまだ遠い。それにずっとこうして追われ続けるのだろう。でも誰かが一緒にいてくれるだけで、こんなにも安心できるのだとニーニャは思った。たとえそれが奇妙な存在でも、一人ぼっちで居るよりは楽しかった。
「きっとママのところまでウサちゃんを届けるから……無事でいてね、パパ」
 遠くなった我が家を見つめながら、ニーニャは長い旅への決意を新たにした。
 アンディと呼べ、というウサギの訴えはまるで聞いちゃいない。




 



 ――ニーニャ、ニーニャ。
 そうして繰り返し名を呼ぶ声は、大好きなパパの声に聞こえた。
 ――ニーニャ、起きて。
 そうして穏やかに呼び掛ける声は、大好きなママの声に聞こえた。
 目を開ければ、きっとそこには優しい両親の笑顔がある。期待に胸を膨らませ、ゆっくりと瞼を上げると……

「まったくいつまで寝てるのさ!」
 ぼんやりとした視界に真っ先に飛び込んで来たのは、ウサギのぬいぐるみだった。膝に乗ったウサギは耳を振り乱し、短い手を回転させ、ムキになってニーニャを叩き起こしている。ぽふぽふという重量感皆無な音が繰り返し続いているが、所詮中身は綿なので痛くも痒くもない。
「やっと起きた! もうすぐ着くよって何度も呼んだのに!」
 ニーニャが目を覚ましたと確認すると、ウサギは遠慮無しに不満を言った。怒っているようだが、ぬいぐるみなので当然表情の変化がなく、どうにもわかりづらい。
 カタカタと心地良く揺れていた列車は更に速度を落し始め、停車準備に入ったようだ。もうすぐ次の駅に到着するだろう。その証拠に、車内に点在していた乗客たちも下車の準備を始めていた。
「ありがとう、ウサちゃん」
 ニーニャが起こしてくれたお礼を言うと、ウサギはまたしても怒り出し、再びぽふぽふと殴り始めた。
「ウサちゃんなんてふざけた名で呼ぶな! 僕にはアンドレア=セルゲニウス=ドルトゥジーニ四世っていう立派な名前があるんだ。アンディと呼べって……」
 必死に訴えていたウサギだが。
「むぐっ」
 話の途中でぎゅっと抱きしめられ、あえ無く閉口した。しかも思いのほか力強いらしく、ツンと長い耳が小刻みに震えている。苦しいらしい。
「……パパとママの夢を見たのよ」
 はあっと憂いの溜め息をつきながらニーニャはウサギにほお擦りをした。家に残ったパパは無事だろうか、ママの病気は大丈夫だろうか。考えるだけで心は不安でいっぱいになった。
「ふん。ニーニャはいつまで経ってもガキだな」
 ちゃんと名前で呼ばない腹いせにウサギはこうして意地悪を言うが、ニーニャは決まって考え事をしており、全く聞いていなかったりする。それに気付いてか、わなわなと身を震わせて怒りを表現しつつ、ウサギはぷいっと顔をそむけた。
「そのデカブツもそう言ってるさ」
 ウサギとは逆方向、窓際の席に視線を向けると、そこには愛らしい少女の供としては不相応な存在が座っている。ぐるぐると全身に黒の革帯を巻き付け、その身体を覆うのは奇抜な柄のマント。顔までぐるぐるなため表情どころか顔すらわからない。また身体つきも奇妙で、胴体は気色悪いほどに細い。全体的にアンバランスで、果たしてこれはヒトなのか何なのか、その判別すらつけ難い。とりあえず一言で言うと“奇妙”だ。
「ウサちゃんはどうしてそんなに意地悪ばかり言うのかしら。フラパハがそんな事を言うはずがないわ」
 ね? とニーニャが答えを求めると、フラパハは数秒遅れてから「うー」と唸った。一応返事をしたらしい。
 フラパハはニーニャのことをとても気に入っているようだが、明確に言葉は通じないので微妙である。風貌は極めて奇妙だが、それだけで護衛として役立っているし、無害だし、意外にも動植物には優しい性格なので特に問題はないのが幸いだ。
 唯一の問題といえば会話だが、フラパハはニーニャの言葉を理解しているらしく、きちんと反応する。フラパハの言う事はウサギが理解しているようなので、間接的に会話は成立していると言っていい。
 そんな中、先程の問いかけにかなり遅れてフラパハが頷いたが、すでにニーニャの視線は別の所に逸らされていて見てもらえなかった。フラパハの欠点は、その愚鈍な動向にあったりする。

 そうこうしているうち、列車が駅に到着した。派手なブレーキ音の後に速度が落ち、完全に停車する。乗客がゆったりと流れ出てゆくのを見送り、ニーニャたちは最後に列車を降りた。
 ホームは意外な事に混雑していた。乗車客と降車客、出迎えや見送りなど、とにかく人がうごめき、子供のニーニャは大きな人波に呑まれそうになりながら、必死に隙間を目指して先に進んだ。合間に抱えたウサギが「うぎゃ」とかいう悲鳴を上げていたが、どうせ綿なので苦しいはずがない。
 混雑していたホームをようやく抜け、街中へと続く桟橋で一息吐こうとニーニャは立ち止まる。そしてすぐさま異変に気付いた。
「……どこへ行っちゃったのかしら」
 あれだけ目立つ背格好なのに、周囲を見回しても見つからない。護衛であるはずのフラパハは見事はぐれてしまっていた。
「その辺でノロノロ道草食ってるんじゃないの? そのうちのっそり帰って来ると思うよ。どうせまたすぐに列車に乗らなきゃならないんだから、ここで待っていればいいじゃん」
 腕に抱えたウサギが、不満そうに意地悪く言い放った。さっき揉みくちゃにされた事でかなり不機嫌になっているようだ。
 早いところフラパハと合流したい。そんな風に考えつつ、人気のない桟橋の隅っこに座ってぼんやりとしていると、ニーニャに忍び寄る人影があった。
「お嬢ちゃん、こんな所にひとりぼっちで何をしてるの?」
 声をかけられて見上げると、キツネの顔がニッと笑っていた。キツネがきちんと洋服を着て、ヒトのように二足で立っている。その隣には骸骨が服を着て立っており、双方何か企んでそうな顔をしていた。腰には剣、そして銃。風貌からして旅人か、もしくは賞金稼ぎといったところだろう。
 ニーニャが住んでいた町にはこういう人外(?)の存在はいなかったが、最近立ち寄る町には多いようだ。いわゆる人種が違うのだろうが、最初は不慣れで怖いと思っていたニーニャも、頻繁に目にしていれば慣れもする。
 ニーニャは返事もせずに顔を背け、立ち上がった。そのまま立ち去ろうと踏み出したが……
「ちょっと待ちな」
 キツネの連れの骸骨が回り込み、道を塞いでしまった。元々なのだろうが顔がにやけていて、何とも不気味である。
「クルーク博士のお嬢さんだね?」
 背後からキツネ男が声をかけ、一枚の写真を胸元から取り出して見せた。所々擦り切れてくたびれた写真の中には、両親に囲まれて笑顔を浮かべるニーニャが写っている。クルーク博士とはパパの名だ。
 ニーニャはウサギをぎゅっと抱きしめ、後退りした。こうして写真を見せ付けられ、声をかけられるのはこれが初めてではない。“奴等”はこのウサギを横取りしようとしているのだ。
 右からキツネ、左から骸骨が一歩ずつ歩み寄ってくる。背後は行き止まり。不運な事に周囲には全く人気がない。そのうえフラパハもおらず、いつもの毒舌で追い返してくれればいいものの、ウサギはこういう時に限ってぬいぐるみ然としている。逃げ場を失ったニーニャは抱えたウサギを庇うようにして肩をすくめた。
「“それ”を渡してくれれば、お嬢ちゃんに用はないんだよ。だから大人しく渡しな」 
 キツネがぬうっと手を伸ばして“それ”を奪おうとした時。
 その場を大きな影が覆った。
「な、なんだ?」
 突然に周囲が暗くなり、キツネと骸骨は慌てた。同時に顔を上げて背後を見遣り――そして固まった。見たこともない奇妙な造形の物体が背後に立っていたのだ。
「フラパハ!」
 ニーニャが名を呼ぶと、フラパハは数秒遅れて「うー」と返事をし、のろのろと歩き始めた。手にはなぜかソフトクリームが持たれているのだが、どこから運んできたのかすでに半分くらい溶け出している。唖然とするキツネと骸骨の間を抜けてニーニャのそばまでやって来ると、フラパハはダラダラと白い雫を零すソフトクリームをぬうっと差し出した。
「これ、わたしに?」
 小首を傾げて問うと、フラパハはゆったりとした動きでのっそりと頷いた。察するに、彼女のために買いに行っていたらしい。のんびりなフラパハがどうやって買い物をしたのかは、とりあえず置いておいて。
「……溶けてるじゃないの。十点ね」
 フラパハのせっかくの気遣いにかなり厳しい採点をしつつ、ニーニャはソフトクリームを受け取った。ソフトクリームは軟体動物のように今なおその形を変え続けている。
「でも、そこの人さらいさん達を何とかしてくれたら、八十点に上げてあげる」
 その格段に上昇した点数に喜びを感じたのか、はたまた単なる偶然か、フラパハは何となく笑っているように見えた。うーと唸って了解すると、のったりした動きで振り返り、眼下のキツネと骸骨に向き直る。
「な、なんだコイツ!」
 奇妙な動きと風貌のフラパハに、キツネも骸骨も恐れを成していた。
 フラパハはゆったりとした動作で腰に佩いた剣に手を伸ばした。そのままするりと抜ければ、見た目があれでも割と格好良かったのだが、途中でつかえてしまったらしく、おたおたし始めた。それでも動きがのろいため、大して焦っているように見えないのが難点だ。
「くそっ、気持ち悪い奴め!」
 応戦しようとしてすでにキツネは銃を、骸骨は剣を抜いて構えていた。しかし目前の敵は剣が抜けずにクネクネと困惑するばかり。
 ついに呆れ果て、キツネがフラパハに向けて発砲した。轟音と共に吐き出された弾丸は、フラパハの右肩に見事命中し、貫通した。キツネはやってやったとばかりに余裕ぶった笑みを浮かべたが、すぐさま顔色を変えた。
 一瞬だけフラパハは後方へ傾いたものの、すぐに体勢を立て直し、何事もなかったようにまだ剣を抜こうと必死になっている。まさかとキツネはもう一度発砲し、今度は脇腹へと命中させたが、フラパハはまたしてもクネッと身をよじらせただけで、一向に倒れない。
「こいつ、なんで倒れないんだよ」
 絶望するキツネと骸骨は、青ざめたまま立ち尽くしていた。こんな奴は初めて見た――そんなことを考えているうち、やっとのことでフラパハの剣がすっぽ抜けたのだが……勢いづいた剣の柄が運良くか悪くか骸骨の頭を直撃し、その勢いでもってなんとそのまま吹き飛ばしてしまったのだ。
「あああああ〜〜〜〜!」
 胴体と離された頭が遠い空へと吹っ飛んで行く。軽いせいか、その飛距離と言ったらない。キツネ男と骸骨の胴体は、キラリと空の彼方に消えていった頭を呆然と見送っていた。
「く、くそっ!」
 ひとりでは敵わないと思ったのか、キツネ男は口惜しげに表情を歪めて走り去っていった。その後を骸骨の胴体が追いかけていく。どうやら頭がなくても動けるらしいので一安心だ。
 しかし敵を失ったというにも関わらず、一歩動作の遅いフラパハはようやく抜けた剣を構え、かなりやる気になっていた。目の前には人っ子ひとり居やしない。
「遅いっつーの」
 それまでぬいぐるみ然と佇んでいたウサギが、やれやれと息を吐きながら突っ込んだ。ニーニャがいぶかしげに見ると、ウサギは何事も無かったかのように口笛なんか吹いている。
 ウサギは都合が悪くなるとすぐにぬいぐるみのフリをする。責めたりすると、どうせこの姿じゃ何もできないしーと開き直ったりするのだ。なんとも動向が幼い感じもするが、これでも実年齢はイイ大人らしい(本人談)。

 そうこうしているうちに駅の方から派手な音が響いてきた。新たな列車が到着したのだ。
「いけない、乗り遅れちゃうわ」
 もうちょっと……という程度に残っていたソフトクリームを慌てて口へ押し込み、ニーニャは駅に向かって走り出そうとした。
「っていうか、完璧間に合わなさそうだよね。アレを逃したら今日はもう列車来ないよ。あーあ、どうしようね?」
 ずいぶんな嫌味発言だが、確かにウサギの言う通りだ。走ったところで間に合いそうにない。足を動かしつつ、どうしようかと考えていると突然身体が浮き上がり、ニーニャは悲鳴を上げた。
「きゃっ」
 何事かと見上げると、すぐそばに包帯に包まれたフラパハの顔があった。ニーニャを抱えたフラパハは、大股で歩き出し、しかしそれでも間に合わないと知ったのか、なんと身軽にも建造物の上に飛び乗り、それらを飛び移ってあっという間に駅まで到着してしまったのだ。
 何とか間際で列車に乗り込む事に成功したわけだが、ニーニャもウサギも、唖然として隣でのっそりと座っているフラパハを見つめていた。
「…………意外ね」
「…………たしかに」
 まさかあんなに機敏でちょっと格好いいことが出来るなんて。普段の愚鈍ぶりからはまるで想像もつかない。彼は人形なのかヒトなのか……未だに判明しないけれど、新たな発見ができてとても興味深い。本当に、一体彼は何者なのだろうか。
「どうせなら、いつもあの調子でいて欲しいよね」
 滅多にしない機敏な動きをして疲れてしまったのか、フラパハ眠りについてしまっていた。というわけで、ウサギのせっかくの嫌味も通じず仕舞いである(いつも通じていないが)。
 ウサギは不貞腐れてそっぽを向いたが、ニーニャは二人の様子を眺めて小さく笑っていた。今でもパパのことは心配だ。けれどきっと無事だと信じているし、今自分に出来る事は、約束通りママの所へ向かうことだけだ。ひとりじゃないし、辛くはない。だからまたパパと会えることを願っていよう。
 やがてニーニャは瞼を閉じ、フラパハに寄りかかってそのまま眠ってしまった。


 また懐かしい夢を見ているのか……穏やかな笑みを浮かべているニーニャを見上げ、ウサギは溜め息を吐いた。
「まだまだ先は長いからね。君には他にもやってもらわなきゃならない事があるし……今のうちにゆっくり眠っておきな」
 その声はいつもの嫌味炸裂な時とは違い、優しさに溢れていた。



 END







ニーニャ可愛いー!!
デザインの段階では、かなり無愛想な子のイメージだったんですけど、こんな可愛く書いて頂けるとは…!
そして以外だったウサギさん。これおまけで持たせただたのぬいぐるみだったのに(笑)こんなに重要なキャラになってて驚きました。
立派な名前も頂いて。さすが水那月さんです><
そしてそして、フラパハ。
不安定で変な動きで、おまけに喋れなくて、不思議な騎士!という変な設定の所為で、水那月さんに大変苦労を掛けさせてしまったと反省しております;
でもイメージ通りでした!自分のキャラの中ではかなりお気に入りなので、本当に嬉しいです!

私のイメージイラストがなかなか完成しなくて、お披露目がかなり遅くなってしました;申し訳ないです。
私の我侭で、こんな素敵なSSを書いてくださった水那月さん、本当に有難う御座いました!!!このSSは宝物です!

2009.9




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